HISTORY

2001〜20XX

1998.8 山家、斎藤、南の在籍バンド”Share”福祉プラザでのライヴを最後に解散。
2001 音楽への情熱を捨てきれず、山家と斎藤を中心にバンドを結成。曲作りに入る。シークレットのJUN加入。
(このバンドのドラマー・タクヤはMONKEY MAJIKで活躍中!)
レコーディングに入るが、全てにおいて自分達での作業のため、ほぼ1年もの間、スタジオに軟禁状態となりライヴは遠のく。

2002 12月にやっと音源が完成。ライヴハウス等のプロモーションを進めながらライヴのリハーサルに入るが、ドラマーの怪我により
バンド活動及びライヴが中止。その3ヶ月後にドラマー脱退。バンド存続が危ぶまれる中、昔からの大先輩直@坊兄貴の助言を得て
バンドの立て直しを図る。後輩からの紹介で健ちゃん先生(一ノ瀬 健治 YAMAHAの講師)が加入。
ライヴに向けてリハーサルを開始。また、Destinyのライヴを前に、山家と斎藤が元BOØWYの高橋 マコト氏と共演。
2003.8 ライヴハウスPARK SQUAREで初ライブ!チケットのノルマ30枚を大幅に上回る90枚を売り上げる。
山家は元ハウンドドッグ海藤 節生氏と共にイベントに出演。ギターJUNは実兄と組んでいるバンドかつおぶしで24TVに出演。
次のレコーディングに向けてミーティングを重ねる。
PARK SQUARE
 ライヴハウス
 PARK SQUARE
2003.10 仙台Hookでライヴ!楽曲を増やすべく、スタジオでオリジナルの曲作り。
2004.7 ライヴハウスPARK SQUAREで電子高・東北工大高の卒業生によるイベントに参加。
山家以外のメンバーが卒業生。80枚のチケットを売る。
2004.9 ライヴハウスPARK SQUAREで「仙台ビート化計画」に出演。70枚のチケットを売る。
2004.12 多忙を極める仕事のため、ドラム・一ノ瀬 健治脱退。また、ドラマー探しとなる。
2005.1 山家・斎藤の先輩、門野 克彦氏により、ドラマー高橋 賢を紹介される。オーデションを行い、正式に加入が決まり、ライヴに向けて
猛練習。
2005.4 ライヴハウスennにて直@坊兄貴主催による「Burning Night vol.3」に出演
enn
ライブハウスenn
2005.5 山家と23年来の盟友・南 賢仁から「主将!Destinyさ入れてけろ!」と1本の電話が入る。
彼も音楽への情熱が冷め切れず、DestinyのKeyboardとしてメンバーとなる。
2005.11 5人になり仙台Hookでライヴを行う。
2006.1 濱 賢也氏をプロデューサー&エンジニアに迎え、またまた手作りのCDシングルのレコーディングに入る。
2006.2 ライヴハウスennにて「俺達のコンサート・冬の陣」に山家、斎藤、プロデューサー濱によるBOØWYのコピーバンド「FoØlish坊yz」で
出演。ギターJUN「かつおぶし」で同企画に参加。
2006.5 仙台Hookでライヴ!!CDシングル発売に向けてレコーディングを再開。8/26(土)のライヴのリハーサルに入る。
そして....
仙台Hook
仙台Hook
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